あいあーと

〜NPO法人化を準備中〜

児童画と精神分析

木田恵子氏  Kida Keiko
日本の精神分析の草分け

木田恵子

中央・木田恵子氏   左隣:上河原医師  右隣:寺沢陽(あいあーと)、清水氏
後列中央:吉田(あいあーと)

経歴

著書

「その時子供はどう思うか」 より

私が古沢先生のところにうかがうようになったのは、昭和16年です。

その頃、精神分析といえば一部の人がなんでも性欲と結びつける理論として興味をもつ程度の、ほとんど理解されない学問でした。

そのため、本来は精神医学の一分野でありながら、医学より文学の方面に受けられたのかと思われますが、先生のお弟子のほとんどが教育関係の人で、先生も精神病や神経症の予防的見地から児童教育に情熱をかけておられました。

古沢先生のところに私をつれ行ったのは、仙台第二高等学校時代から先生の一番の親友であり、私にとっては婚約者の兄である人です。

私は、小学校を出てからずっと結核で、病気のあい間に学校に顔を出し、ところ天のように旧制高等女学校から押し出され、いずれも長くもない命だからと、当時にては珍しい自由放任の中で精神薄弱児をかかえている男と野合しました。

彼の兄は私をみて、古沢先生に治療してもらう必要があると考えたのでしょう。精神薄弱の子供を育てるためにぜひ古沢先生のご指導を受けるようにすすめられ、私としては恋人の兄貴のきげんとりにおとなしくついて行ったにすぎません。

そんな私を古沢先生が受け入れて下さったのは、前述したような状況の中で先生が母親候補生の若い娘を教育することに興味をもたれ、女学校を創立する企画を進めておられた時だったからと思われます。

ありがたいことにこの機縁になった夫の長男は、成人しても4歳児以上の能力はのぞめないという脳研究所の診断にもかかわらず、現在、立派に独立して妻子に恵まれた幸せな家庭をいとなんでいます。

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